自転車操業日記
東洋大・佐藤監督代行 大胆オレ流采配…箱根駅伝◆第85回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝=報知新聞社後援)(3日) 東洋大の佐藤尚・監督代行(55)が、苦境にあったチームを箱根の往路&復路の完全Vまで導いた。部員の不祥事による川嶋伸次・前監督(42)の辞任を受け、昨年12月3日にコーチから緊急昇格。自らがスカウトした選手たちをまとめ上げ、この日は逆転を狙う早大を揺さぶる大胆な戦略も見せ、創部82年の同校に初の栄冠をもたらした。
顔を紅潮させて、感激をゆっくり味わう暇もなく取材攻勢を受けた。「やってきたことに間違いはなかった。うれしい。やりがいのある2日間だった」。肩の荷を下ろし、秋田県出身の気のよさそうな指揮官が東北なまりで振り返った。
確かな読みが早大の逆転を阻んだ。9区の大津は早大の朝日に猛追されたが、運営管理車から戦況を見ていた佐藤監督代行は相手の「汗のかき具合」を見て、あえてスローペースを指示。ぎりぎりまで足を使わせて引き寄せた。そしてGOサイン。大津はためていた力で一気に突き放した。
「まともにケンカしても勝てない。揺さぶりが成功しましたね」。勝負どころと読んだ9区。選手の力を信用してなければできない芸当だ。この日早朝には、6区を4年の大西一から2年の富永に急きょ変更。「足に不安な点があった」と、主将を外す大胆さも見せた。
1か月前の部員の不祥事で、川嶋前監督が辞任したために佐藤コーチが緊急昇格。5日間の活動自粛など試練を乗り越えてチームをまとめた。高校時代は無名の選手ばかり。その原石を磨いたのは川嶋前監督だが、スカウト担当として柏原らを発掘したのは佐藤コーチだった。地道に育てた選手たちが、危機的状況に結束し、花開いた。
自らの過去も華やかとはいえない。秋田工高での実績はなく、東洋大では4年間マネジャー。94年から監督を務めたが、結果を出せずに解任されたこともある。それでも、妻を秋田県に残して単身赴任しながら、13年間、母校に情熱を注いできた。
ちょっとした自慢話といえば、高校で中日の落合博満監督と同期だったこと。「向こうは大監督。自分なんかまだまだですよ」と笑うが、その生き様もまさに“オレ流”だった。
◆佐藤 尚(さとう・ひさし)1953年4月29日、秋田・平鹿町(現・横手市)生まれ。55歳。東洋大スポーツ振興課職員。秋田工高では八百メートルで活躍。2年でインターハイ千六百メートルリレーに出場し、準決勝に進んだ。東洋大では1年から陸上部マネジャー。卒業後は建設資材商社で働きながら秋田工高で11年間コーチを務め、94年からは東洋大で監督、コーチを歴任した。(2009年1月4日06時02分 スポーツ報知)
5位
ゴールで抜かれました。
長男の大学も次男坊が入るであろう大学も
箱根駅伝エントリーしてませんから・・・・
地元の大学で
東洋大は次男坊・・・ちょっとねらってたみたいですけどねぇ・・・